2024年パリオリンピックの総合馬術で、「初老ジャパン」の愛称で親しまれた日本チームが銅メダルを獲得し、大きな話題を呼びました。この快挙により、乗馬に興味を持った方も多いのではないでしょうか?
日本の馬術競技人口は、日本馬術連盟(JEF) 登録者数(馬術競技会に出場するために必要です)によると2024年現在約6,800人とのこと。これは馬術先進国の欧州の50万人(フランス)や200万人(イギリス)と比べると少ないですが、乗馬クラブの会員数や大学の馬術部員などを合わせるとその数は約10万人にものぼります。
さらに日本国内には400もの乗馬クラブがあるとのこと。
そこで今回は、オリンピックの感動をきっかけに乗馬を始めてみたいけどどうなんだろうと迷われている方や、既に乗馬レッスンを始められている方にもおすすめの、乗馬技術向上のために自宅でもできるトレーニング法とお役立ちグッズをご紹介します。
騎乗姿勢を保つためのエクササイズの重要性
乗馬は見ていると優雅で魅力的なスポーツですが、騎手と馬の深い絆と相互理解が必要です。そのためには、理想的な騎乗姿勢の習得と騎手自身の体のコントロールが重要になります。
日常的に以下の3つの要素をトレーニングすることが効果的です:
- 骨盤の動きの改善
- 股関節の柔軟性の向上
- 体幹の強化
これらを意識的に鍛えることで、安定した騎乗姿勢を身につけられ、乗馬技術の向上につながります。
そこで今回は、限られた乗馬レッスンの時間を最大限に活用し、より楽しく乗馬体験ができるよう、ご自宅でも簡単にできる理想の騎乗姿勢を保つためのエクササイズをご紹介します。騎乗姿勢の安定化や馬と調和が取れてくると、乗馬の面白さがさらに増します。
どのエクササイズもご自宅で簡単にでき、騎乗に役立つ基本的な動きをトレーニングするものです。
さあ、一緒に始めてみましょう。
1, 乗馬の要、骨盤を自在に動かそう
2021年の研究によると、乗馬上達の鍵は骨盤にあるそうです。しなやかで安定した騎乗姿勢には、骨盤の柔軟な動きが欠かせません。一方、意外なことに、一般的な体幹トレーニング法である静止したバランスボールの上で長時間バランスを保つ能力は、乗馬にはあまり必要ないのだそうです(論文の内容は後述します)。
ここでは、カナダの馬術選手専門の理学療法士、Katie Woodさんが紹介する、自宅でも簡単にできる4つのエクササイズをご紹介します。これらは、骨盤の可動域を広げ、骨盤の滑らかな動きを可能にし、鞍の上で柔軟に騎乗姿勢を安定化させる、乗馬の基本姿勢づくりに役立つエクササイズです。
1, バランスボールで骨盤ストレッチ:バランスボールの上に座り、ゆっくり腰を前後に動かします。腹や背に手を当てながら腰椎が滑らかに動いているか、背中を反らせた時に腰椎が伸びているかチェックしながら骨盤(腰)を動かします。
2, ヨガのポーズ キャットアンドカウ(猫のポーズ、両手を床につけて四つん這いになり、背中を丸めたり反らす動きを呼吸に合わせて交互に行う):レジスタンスバンドを使って行うとより効果的です。
3, 仰向けで骨盤運動:床に寝転んで、骨盤を動かします。少し慣れてきたら、お尻を浮かせたブリッジの体勢で骨盤を上下に動かしてみましょう。
4, ゆっくり前屈:立った状態からゆっくりと前に倒れこみ、ゆっくり体を起こします。慣れてきたら、軽いダンベルを持ってやってみましょう。脊椎の曲げ伸ばしを制御するためのストレッチと、筋トレができます。
これらの簡単なエクササイズで、骨盤の動きがスムーズになります。日々の運動時間や大雨などで乗馬レッスンに穴が空いてしまった日などに、ぜひ取り入れてみてください。
論文「骨盤のコントロールと可動性は、乗馬スキルと乗馬の調和を予測するものである可能性がある」の概要
Source : Uldhal et al. 2021.「骨盤のコントロールと可動性は、乗馬スキルと乗馬の調和を予測するものである可能性がある。」
経験豊富な騎手20名を対象に、馬体外でのバランスボールを使った3種類のスキル
① 骨盤を左右に回転させる動作(ヒップの左右同じ側の胸郭に向かって上げる)
② 骨盤を回す動作(水平面内で骨盤を時計回りと反時計回りに回転させる動作)
③ 静止したボールの上でバランスを取る能力(ボールの上で足を上げ30秒間保つ)
を調べ、それぞれの能力と乗馬の質と調和との関連性を調べました。
乗馬の質と調和については、① 乗馬中の馬の心拍数、② 馬の衝突行動の回数、③ 乗馬後の馬のストレスホルモン(コルチゾール)量、で評価しました。
その結果、
・ボール上で骨盤を回転させる能力は乗馬の質と高い相関関係があり、
・骨盤の可動性は静的なボール上でのバランススキルよりも、乗馬パフォーマンスと関連があった。(止まったボールの上でバランスする能力の高い人は、逆に骨盤回転能力が低かった)
・骨盤の可動性とコントロール能力の高い騎手が乗った馬は、衝突行動が大幅に減少し、心拍数が上がっていた。→この結果は、騎手が明確な指示を馬に伝え、より多くの推進力を生み出していることを反映しています。
つまり、この研究は、バランスボールの上で静的に姿勢を保つ能力を鍛えるよりも、骨盤の可動域とコントロール能力を鍛える方が、より馬との調和が増すことを示唆しています。
2, 騎乗姿勢を支える、股関節のストレッチ
騎乗姿勢において、股関節の動きは非常に重要です。股関節の柔軟性と股関節周りの筋力が、正しい騎乗姿勢と馬への正確な指示出しにつながります。
馬術フィットネス & ヘルス コーチのKarzan Hughesさんのインスタグラムでは、自宅でできる股関節トレーニング法を3つ紹介されています。
① 股関節の伸展(extension)
- 股関節を後ろに伸ばすトレーニング(動画の1番目の動き)により、股関節の可動域が広がり、鞍の上での騎乗姿勢が良くなります。
- 特にドレッサージュ(馬場馬術)では、股関節の柔軟性によってライダーの脚が馬の胴体に密着しながらも、柔軟に動ける状態を維持することが可能となり、馬の動きに合わせた細やかな脚の合図(エイド, Aid, 扶助)を馬に伝える上で重要です。
② 股関節の屈曲(flexion)
- 腰を前に曲げる動きのことです。
- 日々デスクワークなどで長時間座っている人は、股関節が常に曲がった状態で固定されがちです。
- そのため骨盤が前に傾き、お尻が突き出た姿勢(骨盤前傾)になることがあります。股関節の前面にある筋肉・股関節屈筋は意識的に鍛えないと加齢とともに衰え、1の伸展のストレッチを行うだけでは逆に痛みを感じることもあります。
- その際は、動画の2番目の動き、膝と肘を近づけるストレッチを行うことで股関節の柔軟性が改善されます。
③ 股関節の外転(abduction)
- 股関節を外側に開く動きのことです。
- 乗馬の鞍上でのバランスを保ち骨盤の安定させるためには、股関節の内転(内側に閉じる動き)と外転のバランスが大切です。
- 股関節がうまく働かないと、座骨(お尻)と脚のスムーズな連携ができず、馬に正確にエイドを出すことができません。そこで動画の3番目のトレーニングを行うことで鍛えることができます。
これら3つのストレッチを股関節の動きを意識しながら定期的に行うことで、騎乗姿勢が改善され、痛みなく理想的な姿勢を長時間維持できるようになります。結果として、馬とのコミュニケーションがより円滑になり、乗馬の質が向上するでしょう。
3, 安定した騎乗のための体幹トレーニング
体幹は、私たちの身体の中心部分であり、背骨を支え、上半身と下半身をつなぐ役割を果たします。
乗馬時、体幹は馬の動きに合わせてバランスを取り、姿勢を維持するために絶えず働いています。強い体幹がなければ馬上でのバランスを保つことが難しく、落馬のリスクも高まります。
また、適切な体幹の使い方を学ぶことで、馬とのコミュニケーションも向上します。騎手の微妙な体の動きが馬に伝わるため、体幹を鍛え騎乗姿勢を安定させることで、馬に明確な指示を与えることができます。これにより、馬との一体感が生まれ、乗馬の楽しさが増します。
体幹も、定期的なトレーニングを続けることで鍛えることができます。乗馬時の姿勢が改善され、疲労も軽減されます。
① 一般的な体幹トレーニング
- プランク: 腕立て伏せの姿勢で30秒から1分間保持
- サイドプランク : 横向きで肘をつき、30秒ずつ左右実施
- ブリッジ : 仰向けで膝を立て、お尻を持ち上げて30秒保持
- バードドッグ : 四つん這いで左右対角の手足を伸ばし、交互に10秒ずつ保持
② 乗馬に特化したエクササイズ
- ウォールシット : 壁に背中をつけて腰を下ろし、90度の角度で30秒保持する。
乗馬への効果:鐙(あぶみ)に足を乗せた状態での安定した姿勢維持に役立ちます。長時間の騎乗でも疲れにくくなります。 - スクワット: 足を肩幅に開き、ゆっくりと腰を落とす動作を10回繰り返す。
乗馬への効果:馬の動きに合わせて体を上下させる際の筋力と安定性を向上させます。また、馬を制御するための脚の力を強化します。 - ワンレッグスタンド: 片足で立ち、30秒間バランスを保つ
乗馬への効果:馬上でのバランス維持能力を向上させ、予期せぬ馬の動きにも対応しやすくなります。
これらのエクササイズを定期的に行うことで、馬上での姿勢保持が容易になり、より長時間の騎乗も可能になります。また、馬の動きにスムーズに対応できるようになり、人馬一体となった乗馬を楽しむことができるでしょう。
↓ 馬術トレーナーのJack LaTorreさんのインスタグラム。さまざまなトレーニング法を紹介されています。
こちらの動画は中・上級者向けのエクササイズとのこと。ご自分の体の状態やトレーニング度合いを加味しながら、できる範囲内でやってみてください、とのことです。
自宅でのトレーニングに使えるお役立ちグッズ
バランスボール
身体に合ったバランスボールのサイズを選ぶには、ご身長を目安に考えるとわかりやすいです。
大まかな目安になる身長とボールのサイズ(直径)は以下の通りです。
- 150cm以下:45cmボール
- 150cm~165cm:55cmボール
- 165cm~180cm:65cmボール
- 180cm以上:75cmボール
さらに実際に試せる場合は、ボールの上に座り膝を90度に曲げた際に、腰と膝が同じ高さか、または腰の方がわずかに高いものが理想的です。
使わない時や急な来客時に空気を抜いてしまえる、空気入れ付きのタイプもオススメです。
ダンベル
前屈運動やストレッチなどでも使用できます。
重さもカラバリも各種あります。
ケトルベルは両手で持ってトレーニングするのにオススメ⭐︎柔らかい素材で落としても床を傷つけないタイプも。
レジスタンスバンド・エクササイズバンド
筋トレでも使用するエクササイズバンドを併用することで、よりトレーニング効果が増します。
いかがでしたか?
どのトレーニングも、ご自身の体の状態を確認しつつ、痛みのない範囲内で行なってください。身体の状態に不安のある方は、専門家のご指導のもと行なってください。
パリオリンピックをみていても、乗馬は子供からお年寄りまで楽しむことができる素敵なスポーツです。ぜひ皆さんが乗馬を末長く楽しめますように☆